5月10日、フォーブスが「Suspicions Raised About Another Japanese Cardiovascular Researcher」という記事を掲載し、小室一成・東大循環器内科教授が、合計14本の論文不正に関与した疑いがあることを報じた。
さらに、記事の末尾で、小室教授が、ノバルティス社が販売するARB(バルサルタン)の研究を進めていること、および渦中の松原弘明・元京都府立医大教授と共同研究を行っていたことを紹介した。
バルサルタンの臨床研究不正事件において、京都府立医大・慈恵医大・滋賀医大につづき、マスコミにとって「本命」の東大教授が出てきたことになる。その後、『フライデー』は二週連続で、この件を取り上げた。医療界は静観では済まなくなった。
一連の事件の発端は、2007年、慈恵ハート研究の結果がランセット誌に発表されたことだ。この研究では、バルサルタンが、脳卒中や心血管障害の発症を抑制することが示された。
2012年のバルサルタンの売上は約1083億円。ノバルティス社のドル箱だ。ただ、年間売上4000億円のARB市場の競争は熾烈である。武田薬品のカンデサルタン(2012年の売上1149億円)や第一三共のオルメサルタン(同835億円)などのライバルがひしめく。強力な営業網を要する武田薬品のカンデサルタンや、「単剤で最も高圧効果が強い(製薬企業関係者)」と言われるオルメサルタンとの差別化は、海外でのエビデンスが多いバルサルタンと雖も、容易ではなかった。慈恵ハート研究が、ノバルティス社の販促に如何に役立ったかは言うまでもない。
ただ、慈恵ハート研究は、当初から批判が相次いだ。例えば、九州大学の三輪宜一氏(臨床薬理学)は、主要評価項目が途中で変更されたと批判している。
また、2012年4月、京都大学の由井芳樹氏(循環器内科)が、バルサルタン服用群と非服用群の試験終了時の血圧の平均値と分散値が酷似していることを指摘し、ランセット誌が掲載した。
慈恵医大・ノバルティス社は絶体絶命のピンチに陥った。しかしながら、両者は無視を決め込んだ。この作戦は、当初、上手く行きそうだった。
事態が動いたのは、2月6日、毎日新聞が「バルサルタン:降圧剤効果、京都府立医大の3論文撤回」という記事を掲載してからだ。京都府立医大と関連病院が実施したバルサルタンを用いた臨床研究「京都ハートスタディー」でも、データ捏造の可能性が指摘された。更に、その後の取材で、ノバルティス社が、京都府立医大に総額1億円以上の奨学寄付金を入れていたこと、および、ノバルティス社の白橋伸雄氏が、統計解析を担当していたことが明らかとなった。
白橋氏は、慈恵医大・滋賀医大・千葉大などの臨床研究にも参加しており、血圧値が不自然に揃っていることが指摘されている。さらに、製薬協が「透明性ガイドライン」を作成し、利益相反の公表に努めているにも関わらず、ノバルティスの社員であることを隠し、大阪市立大学の非常勤職員の身分で研究に参加していたことも判明した。
多くの国民は「一連のバルサルタン研究に不正があったことは間違いない」と感じている。問題は、これが医療界の構造的問題を反映している可能性が高いことだ。知人の法律関係者は「大学が論文を捏造し、不正な研究結果を製薬企業が販促に利用した。さらに、大学には多額のお金が製薬企業から寄附されている。これでは、詐欺事件と言われても仕方がない。刑事事件として処理すべきだ」と言う。
この事件に対して、医療界が十分な説明責任を果たしているとは言い難い。このままでは国民の信頼を失う。本当に不正はあったのか?製薬企業との関係に問題はなかったのか?共同著者は論文内容をチェックしなかったのか?オープンな議論が必要である。
この記事は、『医療タイムス』の連載を加筆修正したものです。
0 件のコメント:
コメントを投稿