2013年4月30日火曜日

上昌広: バルサルタン問題解明のための障壁 「故意犯」に如何に対応するか

上 昌広 | 「現場」からの医療改革を目指す内科医




6月14日発売の『フライデー』で、『“疑惑の降圧剤”を1000億円売った「伝説の女部長」』と言う記事が掲載された。ノバルティスファーマ社(ノ社)でバルサルタンの臨床研究を促進した藤井幸子氏の大きな写真とともに、「当時の話?知ってるわけないでしょう。直接関係ない」というコメントが掲載されていた。
彼女は、既にノ社を退社している。彼女とともに、バルサルタンの営業を担当したメンバーたちも同様だ。例えば、青野良晃・営業本部長(当時)は、べーリンガーインゲルハイム社の社長に就任している。ノ社関係者によれば、「(彼らは)社内調査の協力に消極的」という。
真相を知るのは、実務に従事した担当者だ。ところが、多くは他社に移っている。彼らは、以前勤めた会社の調査に協力する義務はない。この状況では、ノ社の調査に多くは期待できない。
実は、この状況は大学も同じだ。問題となっている京都府立医大、慈恵医大、千葉大学では、当時の責任者は何れも退職している。各大学が、独に学内調査を進めても、彼らに協力を強制することは出来ない。
医師は頻回に職場をかえる。大学の調査には限界がある。現に、京都府立医大は、松原弘明・元教授と共同研究を行った学内の三人の教授に予備調査を依頼し、「捏造はない」と早々と結論した。その後、日本循環器学会から批判され、第三者を入れた調査がやり直したが、こんな状況では、何をいっても信頼されない。
では、どうすればいいのだろう。すぐに思いつくのは第三者の学会が調査することだ。ところが、今回のような事件に関して、学会が矢面に立つことは得策ではない。
国民が知りたいのは、バルサルタンは、ノ社が宣伝する通り、有効なのか否かである。この点を明らかにするには、疑念を抱かれている臨床研究について、カルテとデータベースを付き合わさなければならない。
ところが、学会には調査をする権限も人手もない。議論は一般論に終始しがちだ。例えば、日本高血圧学会は「臨床試験に関わる第三者委員会」や、日本医学会は「利益相反委員会」(日本医学会)で議論を続けているようだが、具体的な問題に切り込んでいるとは言い難い。
では、真相究明には、どのような仕組みが必要なのだろうか。注目すべきは、臨床研究不正の多くが、故意であることだ。論文を捏造することで、研究者は業績と幾ばくかの研究費、製薬企業は巨額の利益を得ることが出来る。れっきとした「犯罪」である。「犯罪」が発覚しそうになれば、関係者は黙秘し、証拠隠滅を図ってもおかしくない。論文捏造は、過失による医療事故と同列に扱うべきではない。
「故意犯」は、本来、強制調査権を有する司法が取り扱うべきだ。ところが、医学研究は高度に専門的だ。警察には敷居が高い。
論文捏造を放置していると、医学界は信頼を失う。実は、世界中が、この問題に悩み、試行錯誤を続けている。例えば、米国では、1992年に研究公正局(ORI)という公的機関が創設され、調査、および処分を行っている。
このような組織は、日本でも必要ではなかろうか。透明性を担保し、社会が信頼してくれるなら、設立母体は官民を問わない。今こそ、医学界と製薬業界が協力して、臨床研究の信頼回復に尽力すべきである。
本原稿は、「医療タイムス」の連載を加筆したものです。




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