2013年5月10日金曜日

ノバルティスの闇


ドル箱降圧剤の論文撤回「有名教授(京都府立医大)と製薬会社(ノバルティスファーマ)の闇」


「製薬会社がバックに付いた、ここまで大きな疑獄は記憶にありません。販売元の製薬会社『ノバルティス』は、本社のあるバーゼルから匿名チームを派遣していると聞きました。返り血を浴びるのを恐れてか、他社のMR(医薬情報担当者)もこの件について、口を噤んでいます」(医療誌メディカル担当記者)
 医療界が激震している。震源地は京都府立医科大学だ。 '09 ~ '12 年にかけて松原弘明元教授(循環器内科)が発表した降圧剤『バルサルタン』に関する論文が昨年末から相次いで3本撤回され、製薬会社と研究者の「不適切な関係」に光が当てられようとしているのだ。製薬会社『ノバルティスファーマ』(東京・港区)が販売するバルサルタンは、血圧を上げる物質の働きを抑える効果があり、高血圧治療に用いられている薬である。
 ことの発端は、医師たちの間で話題をさらった松原氏の大規模な研究だ。 '04 年から約5年間の期間をかけ、松原氏は高血圧患者にバルサルタンを投与する臨床試験を行った。被験者は3000人に上り、日本人に対して行われた初めての巨大臨床試験となった。そしてこの結果が '09 年に論文として発表されると、医学界に再び波紋が拡がった。
「欧州心臓病学会誌の電子版に、バルサルタンは『脳卒中や狭心症などのリスクも下げる効果』があると、降圧以外の薬効があったことを発表したのです。松原氏は立て続けに心臓肥大の症状や糖尿病患者にも同様の効果があると日本循環器学会誌に発表し、時の人になったのです」(循環器学会関係者)
 血圧を下げるだけでなく、脳卒中や狭心症のリスクも下げる―薬は飛ぶように売れ、販売元の『ノバルティスファーマ』のNo.1ヒット商品になった。他社のMRが明かす。

「妬みたくなるぐらい売れていました。この業界には『ブロックバスター』という言葉がある。従来の治療方法を変えてしまうほどの効果を持ち、莫大な利益を生み出す新薬のことです。バルサルタンこそ、ブロックバスターでした。日本の医療用医薬品中、3番目に売れているノ社のドル箱商品でここ数年は年間1000億円以上を売り上げていた」
 しかし、その〝薬効〟は、急速に失せているようだ。昨年末、日本循環器学会誌が「数多くの解析ミス」が発覚したとして、掲載論文の撤回を発表。今年2月には欧州心臓病学会誌も「致命的な問題がある」と、掲載論文を撤回する異例の事態となった。「NPO法人臨床研究適正評価教育機構」の理事長・桑島巌氏が言う。

「あの論文は、発表当初から大きな問題がありました。『脳卒中や心筋梗塞のリスクが下がった』という研究結果を強調したかったからか、不自然なデータが見られたんです。バルサルタンを投与した高血圧患者1500人と、バルサルタン以外の降圧剤を投与した患者1500人を約5年間調査した結果、双方のグループが到達した血圧値(1500人の平均)がほぼ揃っていました。データが操作され、血圧値が合わされた可能性が高い。なぜか? 実はバルサルタンは、降圧剤としてはそれほど高い効果はない。ほかの降圧剤と効き目で勝負しても優位性で劣るんです。だからこそ、プラスαの薬効を目立たせるため、血圧値を合わせる必要があったのでしょう。 '09 年に開かれたヨーロッパ心臓病学会で、松原氏はこの論文内容をスピーチしたのですが、ヨーロッパの医師たちはデータの信憑性が乏しかったためか、黙殺しました。スイスの高血圧の専門家だけが『本当ならば素晴らしい薬だ』と断ったうえで、『私の母親には投与したくないが、妻の母親になら使う』と皮肉っていました」
 松原氏の研究をあらゆる角度からバックアップしていたのが、販売元のノ社だ。大学に記録が残っている '08年以降で、ノ社は京都府立医大に1億440万円の奨学寄付金を提供していた。また松原氏が書いたバルサルタンに関する論文には、生物統計の解析担当者としてSという男が名を連ねていた。このS氏は、紛れもないノ社の社員である。
「Sの肩書は『大阪市立大学』となっていました。Sは非常勤講師として年に数回教壇に立つ程度でしたが、隠れ蓑に使ったのでしょう。専門家が少ない業界とはいえ、製薬会社の社員が表立って統計解析に携わるのは問題がある。第三者による松原論文のカルテと生データの照合を進め、真相を究明する必要があります」(前出・桑島氏)
 ノ社はドル箱商品のPRに湯水のようにカネを投資した。医療専門誌にバルサルタンの薬効に関するPR記事を度々掲載し、高名な医師の座談会を行ってその効果を喧伝した。 
「物凄い販促でした。日本高血圧学会の理事長や、高血圧のガイドラインを作成する幹部が、松原論文を引き合いに出して褒めちぎるんです。登場した医師には、通常、数万円の謝礼が出て、記事が出る時には原稿料も支払われる。それを見た別の医師が、『こんなにいいものがあるのか』とバルサルタンを処方する。バブルですよ」(前出・医療誌記者) 
 松原氏は4月上旬にも、 '04年に行った心臓の再生医療の申請のために提出した論文の捏造が指摘され、窮地に立たされている。2月末に責任を取る形で大学を辞めているが、「最後まで泣いて抵抗した」と証言する大学関係者もいる。松原氏は本誌の取材に、「論文不正は絶対にないので辞職の必要はないと考えていました」「(S氏と)個人的な付き合いはまったくありません」と回答した。
 ノ社は「一般的に医師主導臨床研究は独立した研究であり、ノバルティスとして関与できる性質のものではない」「(S氏が松原氏と)面会した頻度、個人的な付き合いの有無については、承知しておりません」と回答した。
「実は慈恵医大も、 '07年に松原氏の結果と酷似した内容の、バルサルタンの論文を発表しているんです。この統計解析に携わったのも、S氏です。今後慈恵医大の論文にも不正が見つかれば、さらなる大スキャンダルに繋がる可能性もあります」(前出・桑島氏)
 莫大なカネを生んだブロックバスターが、医療界を揺るがす〝劇薬〟になりつつある。
「フライデー」2013年5月3日号より