2013年4月30日火曜日

日刊薬業: もたれ合いの構造-ディオバン論文と企業(上) 曖昧になる「一線」

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もたれ合いの構造-ディオバン論文と企業(上)  曖昧になる「一線」
( 2013年6月12日 )

 「世間や厚生労働省へのパフォーマンスとしては必要だと思います」。ノバルティス ファーマの社員の一人はこう漏らす。

 ノ社は3日、ARB「ディオバン」(一般名=バルサルタン)に関する医師主導臨床試験に元社員(5月に退社)が関与していた問題で、二之宮義泰社長、三谷宏幸最高顧問(前社長)ら役員9人の月額報酬を2カ月間10%減額し、7月1日から5日間は全医療用医薬品のプロモーション活動を停止すると発表した。

 発表翌日の4日、二之宮社長は社内のウェブ配信を通じ、社員に今回の不祥事をわびたが、第三者を交えたスイス本社による調査はまだ続いている。今回の処分や措置は、現時点で明らかになった利益相反(COI)や、疑惑の生じた論文をプロモーションに使用していた道義的、社会的責任を取ったという認識だ。6月中の薬価収載が予定されるディオバンOD(口腔内崩壊)錠の発売も、収載直後から時期を先送りするもようだ。

 これまでのノ社の社内調査では、元社員は5つの医師主導臨床試験に関わっていたが、論文では社名を開示せず、非常勤講師を務めていた「大阪市立大」の肩書で名を連ねていた。COIの問題が明確になったことで、焦点は論文データの意図的操作や「ねつ造」があったかどうかに移りつつある。医学界では論文の一部データについて、他試験で見られない不自然さがあるとして、ねつ造を疑う声がくすぶり続けている。

 ノ社は現段階で日本医学会などにこう説明している。「有利な結果とするためのデータの意図的操作や解析結果の改変など、データの信頼性に問題を生じさせるような指示を当社が出したことは一切なかった」

 それでも疑惑が消えない理由の一つには、今回の問題であらためて浮き彫りとなった製薬会社と大学研究者の「もたれ合い」の構図がある。じほうが取材したノ社の社内調査内容などを基に、元社員が各試験にどう関与したか整理したい。

●JIKEI、KYOTO試験で統計解析に関与
 元社員が医師主導臨床試験に関与したのは、ノ社のマーケティング担当者が大学研究者に元社員を紹介したことがきっかけになったようだ。当時の上司の中には、元社員の試験への関与を認識し、試験の計画通りの実施に向けて支援するよう指示していた人間もいたという。元社員の周辺では、特段の問題意識がなかったことがうかがえる。

 元社員の各試験への関わり方には濃淡があったようだが、ノ社が社内調査で統計解析への関与を認めているのが、東京慈恵会医科大の「JIKEI Heart Study」と、京都府立医科大の「KYOTO Heart Study」だ。

 JIKEI試験で元社員はデータ解析をしたほか、医師がデータ解析を手掛ける際に、解析ソフトウエアの使い方など解析方法を教えていたとみられる。KYOTO試験では、ロック(固定)後の最終的なデータを個人用パソコンにコピーし、さらに自宅のコンピューターにコピーして統計解析し、解析結果を「例示」していた。元社員は社内調査に対し、「実際の解析は担当医師が行うことを期待していた」と説明したという。他試験と比べ、この2試験への関わり方は特に深かったようだ。

 両試験では、試験に参加した医師か、医師の依頼を受けた研究事務局が、ウェブ上で患者データを入力し、入力されたデータの登録などを神戸市内のデータ管理業者が手掛けていた。各試験の論文で「データセンター」と表現されたこの業者の設立者は、ノ社の前身の日本チバガイギーに勤務していたことがあるという。

 慈恵医大、京都府立医大に置かれたコンピューターからは、それぞれ業者が管理するデータにオンラインでアクセスできたようだ。いずれの試験でも元社員は、業者が管理するデータにアクセスするためのパスワードは持っていなかったという。

 千葉大の「VART」、名古屋大の「NAGOYA Heart Study」、滋賀医科大の「SMART」では元社員の統計解析への直接的な関与はなかったとされ、研究者にデータ解析や患者の割り付け方法などの助言をしたり、図作成の指導などをしたという。VART試験では、元社員は「第三者の統計専門家」として意見を求められたという。SMART試験には元社員の部下(すでに退社)も携わっていた。

●3試験で「エンドポイント委」に出席
 製薬会社と研究者の深い関係をうかがわせるのは、元社員がJIKEI、KYOTO、NAGOYAの3試験で、患者のイベントの採用・不採用を判定する「エンドポイント委員会」に出席していたことだ。3試験で用いられたPROBE法は、医師、患者共に割り付けられた薬剤を知っているため、評価は割り付け情報などを知らない独立したエンドポイント委が行う。ここでの判断は試験結果を大きく左右する。

 KYOTO試験では、元社員はほとんどのエンドポイント委に出席していた。ノ社は、試験に関する判断は委員である3人の専門医に委ねられていたとしているが、そこに元社員が頻繁に顔を出していたという事実は見逃せない。

 元社員は臨床研究の統計の専門家として名を知られていた。当時は、臨床試験の統計に詳しい専門家が大学内に不足していたとみられ、それが大学側に重宝がられる大きな要因となったのだろう。元社員は、社内ではどのような足跡をたどってきたのだろうか。

 元社員は1975年、ノ社発足前の日本チバガイギーに入社。2002~07年は循環器マーケティング部門の学術企画グループに所属し、医師への学術・科学情報の提供などを手掛けていた。07年に学術支援を専門に手掛ける「サイエンティフィックアフェアーズ本部」が立ち上がると、同本部に異動し、引き続き学術情報の提供などに関わった。11年に定年退職となったが、13年5月まで契約社員として勤務していた。

 統計解析については、独学のほか、講習会への参加などを通じて知識を深めていったようだ。社内調査に対しては、「医師を手助けできることに喜びと達成感を感じ、医師に対してさらなる支援ができるよう統計の勉強をすることを決めた」という趣旨の説明をしたという。統計について医師にアドバイスしたり、講義したりする機会がだんだんと増えていった。

 社外では、01年ごろから11年まで大阪市立大大学院医学研究科の非常勤講師を務めていた。兵庫県の大学の薬学部でも、統計学の非常勤講師に就いていた。元社員について、ノ社周辺からは「まじめな性格だった」との声が漏れる。学術にまじめに取り組んでいたがために、一線を画すべき製薬会社と大学研究者との関係が曖昧になっていった可能性もある。

●ノ社から去った元社員たち
 今回の問題の責任が元社員一人に帰せられるべきなのかどうかは、まだ分からない。5つの試験のうち最初のJIKEI試験が患者登録を始めたのは02年1月。当時のノ社の社長は通筋雅弘氏で、その後、05年1月に馬場宣行氏、07年5月に三谷氏、13年4月に二之宮氏が社長に就いている。ディオバンのプロモーション戦略などに関わった社員も入れ替わり、内資・外資の製薬他社などに移った人々もいる。事実解明には彼らへの聞き取りも欠かせない。

 医薬品医療機器総合機構(PMDA)で医薬品審査に携わったほか、医薬品の治験に関わった経験も持つ内科医の谷本哲也氏はこう話す。

 「もしノ社の単独調査に限界があるようであれば、製薬業界や大学関係者が一体となって調査に取り組む必要があるのではないか。データ疑惑についても、カルテ記録が残っていないなどの問題があるのであれば、ノ社と関連学会がディオバンの大規模臨床試験を再度実施し、結果を確かめるのも一つの手だ。製薬に関わる人々の自浄能力が試されている」

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