2013年7月5日金曜日

週刊ダイヤモンド: 業績に影響必至のディオバン問題 後手に回ったノバルティスの重いツケ

【第901回】 2013年8月22日

業績に影響必至のディオバン問題 
後手に回ったノバルティスの重いツケ


「ノバルティス ファーマの対応は、あまりにも不誠実だ。信用できない」――。
 降圧剤「ディオバン(一般名:バルサルタン)」の5大学の臨床研究で、論文作成にノバルティスの社員(現在は退職)が非常勤講師を務めていた大阪市立大学の肩書で統計解析に関与していた問題について、ある大学病院に勤務する内科医は激しい憤りを感じている。
慈恵医大の臨床研究の結果は、日本人への有効なデータとして、大々的に医師への宣伝に用いられていた
 そう思われても仕方がないほど、ノバルティスの対応は、常に後手後手に回ってしまっている。
 京都府立医科大学の論文内容に疑義が生じ、国内外の学会誌から撤回された直後、ノバルティスは今年2月の記者会見で、経営陣は「医師主導の治験であったから、ノバルティス側がデータに直接関与することはできなかった」と述べた。
 その後、その元社員がデータ解析に関与していた事実が発覚したのは、周知の通り。
 加えて、7月11日の京都府立医科大、7月30日の東京慈恵医科大学による調査結果の発表は、元社員がデータ改ざんを行っていたことを強く示唆する内容だった。
 折しも、京都府立医大の発表前、6月3日には、ノバルティス側は「データの意図的な操作や改ざんを示す事実はなかった」と発表。慈恵医大発表前日の7月29日でも、第三者機関の調査報告書を発表し、「元社員によるデータの操作があったかどうかを示す証拠はなかった」と強調していた。
 その後の両大学の発表内容は、ノバルティス側の認識とは明らかに解離するものである。
 特に慈恵医大では「元社員はデータ改ざんについて、否定しているが、明らかに虚偽の証言をしており、信用できない」と断言。世間のノバルティスに対する不信感を増幅する内容だった。残り3大学の調査報告も、ノバルティス側には不利な発表が行われる可能性が高い。
過去の状況をみても、ノバルティスは分が悪い。直属の上司は元社員の仕事内容を把握していた。経営陣も元社員の臨床研究の実績に対し、2010年前後に社長賞を与えている。
 「真相究明のためには、努力を惜しまない」――。
 7月29日の会見では、ノバルティス ファーマの二之宮義泰社長は、7回以上も発言した。
 だが、これまで「証拠がない」と歯切れの悪い発表が繰り返されてきただけに、本気でこの言葉を受け止める人はいない。状況はますます悪化しており、事態は収まる気配がない。

特許切れ後の成長維持戦略が水の泡

 当然ながら、ノバルティスの日本国内の業績にも大きく影響するだろう。
 ディオバンは、11年は日本国内の医療用医薬品で1201億円と最も売れており、12年も1083億円を売り上げた。これは、ノバルティス ファーマの国内売上高3234億円の約3分の1を占める金額だ。国内で次に売れている製品は、抗がん剤「グリベック」だが、その売上高は383億円。ディオバンには、遠く及ばない。
 もっとも、ディオバンは、ピークを過ぎた新薬ではある。米国では、既に特許が切れ、14年に日本国内での特許切れを控える。 
 新薬の特許が切れれば、民間保険が中心の米国ならば、8〜9割以上は有効成分が同じで安価なジェネリック医薬品に置き換わってしまう。だが、国民皆保険制度である日本の場合、米国ほどジェネリック医薬品の浸透力が高くない。
 そこで、ノバルティスは、異なるタイプの降圧剤を混ぜた配合剤や、唾液で溶けて、水がなくても服用できるディオバンOD錠など、新しい剤型によるディオバン新製品を発売して、ジェネリック医薬品から防衛するマーケティング戦略を立てていた。特許切れによる落ち込みの速度を緩やかにし、毎年、数品目の新製品を投入・育成することで、年平均5%を目標として、右肩上がりの成長を維持しようと作戦だった。
だが、この手法はもはや通じない。
 多くの医師らがディオバンを治療に採用してきたのは、既存薬と比較して、血圧を下げる以外に、脳卒中や心筋梗塞などの予防効果に優れている、という日本人のデータがあったからだ。
 今、そのデータ自体の信頼性が大きく揺らいでいるのだ。
 データを信じた医師らは憤りを感じ、「既存薬よりも価格の高い不必要な薬を勧めてしまったのかもしれない」と自責の念に駆られる医師は少なくない。
 「ディオバンを服用しても大丈夫ですか」「他の薬に変えてもらえませんか」などと、主治医に相談する患者も増えている。
 しかも、ディオバンと同様の作用メカニズムを持つARBという降圧剤は、武田薬品工業や第一三共、ベーリンガーインゲルハイムなどの他社からも複数、発売されており、代替が可能である。
 済生会中央病院のように、病院全体でディオバンの採用を取りやめる病院も出てきた。「初診の患者では、ディオバンを絶対に採用しない」という医師は増えている。
 製薬業界内部からの批判も尽きない。
 仮説を立てて、新薬の有効性を証明する臨床研究は、専門的なノウハウと莫大な予算が必要であり、大学側は多かれ少なかれ、製薬会社による何らかの人的、予算的な関与がないと不可能なのが実情である。
 そこで、臨床研究は、製薬会社の社員の参加や資金提供を認める代わりに、きちんとした手順で透明性を確保しながら行うという、“性善説”を前提に成り立っていたのだ。
 このため、本来、この問題は製薬会社の社員という身分を使わずに、大学の臨床研究に参加していたという「利益相反」が問題となっていた。それがデータ改ざんという最悪の事態にまで及んだことで、「製薬会社が絡む臨床研究すべて。つまり、日本の臨床研究全体がグレーになってしまった」(製薬業界幹部)。
 事実、製薬会社の研究者や医師の間では、他社の有名な臨床研究にも疑惑の風説が流れている状況である。
 二之宮社長は「インパクトが大きく、他の薬剤にも影響が出ている」(二之宮社長)と、経営への悪影響を認める発言をしている。
 ノバルティスは、「四面楚歌」の状態である。きちんとした説明責任を果たし、事態が沈静化しない限り、苦境が続くだろう。
 (「週刊ダイヤモンド」編集部 山本猛嗣)

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