2013年7月5日金曜日

産経新聞:【ディオバン・歪んだ臨床研究(上)】「日本人にだけ特によく効く薬」…脳卒中、心臓疾患リスク低減の大ウソ

【ディオバン・歪んだ臨床研究(上)】
「日本人にだけ特によく効く薬」…脳卒中、心臓疾患リスク低減の大ウソ

2013.8.24 12:00 (1/4ページ)

高血圧の治療に使われる降圧剤「ディオバン」(商品名・バルサルタン)を使った京都府立医大(京都市上京区)の臨床研究データが不正に操作されていた。高血圧治療薬が、脳卒中や心臓病にも高い効果があるように装った疑いがある。東京慈恵医大でも、論文データが人為的に操作されていたことが判明した。いずれも研究に関与した販売元の製薬会社「ノバルティスファーマ」(東京)の元社員が「キーマン」として浮上している。問題は日本の臨床研究の信頼性を揺るがしかねない事態に発展しており、厚生労働省が設置した検討委員会でも元社員に事情を聴くことが必要だとする意見が相次いだ。
「刑事告発も必要」
 「この委員会へ元社員に来てもらって直接話を聞きたい。それだけでも今ここで決めてはどうか」
 一連の問題を受け、厚労省は実態を解明して再発防止策を協議するための検討委を設置。8月9日に開かれた第1回の検討委では、真相を明らかにするためには元社員を呼ぶべきだとの声が続出し、森嶌昭夫委員長(名古屋大名誉教授)は「その方向で考えたい」として、事情聴取に応じるよう元社員に検討委として要請する方針を示した。
 検討委は、医療や法律の専門家ら12人で構成。ディオバンの臨床研究を行った府立医大などの5大学やノ社の担当者も出席して経緯などを説明した。委員からは「研究に参加した元社員の旅費はどこが負担したのか」「元社員のメールアドレスは調べたのか」といった厳しい質問が次々と浴びせられ、担当者らが額に脂汗をにじませる場面もあった。
 検討委では、ディオバンの臨床研究を行った5大学に対し、ノ社が計約11億3千万円の奨学寄付金を提供していたことが判明。さらに、元社員はノ社の業務としての出張で各大学の研究に参加していたことや、大学側が元社員に事情を聴いた際にはノ社の代理人を務める弁護士が同席したことなども明らかになった。田村憲久厚労相は、9月末までに当面の報告をまとめるよう指示した。


ディオバンをめぐっては、府立医大のほか東京慈恵医大、名古屋大、滋賀医大、千葉大の4大学が同様の臨床研究を実施。いずれも元社員がデータ解析などに関わっていた。
 府立医大法人設置者の山田啓二京都府知事は、元社員が府立医大の事情聴取に応じていないことを念頭に、7月12日の定例会見では「関係者から話が聞けないのであれば、できる機関にお願いすべきだ」「犯罪に当たる話なら告発しないといけない」と述べ、真相解明のため刑事告発も視野に入れるよう、大学側に求める姿勢を示した。
 会見で山田知事は「ディオバンは、高血圧の人なら当たり前に飲んでいる薬。僕は11年くらい飲んでいる」と、自身も府立医大で処方された薬を服用していることを明かした上で、データ操作について「副作用を隠していたというような問題ではないにせよ、国民の安全安心にかかわる問題で遺憾だ」と批判した。
日本人にだけ効く?
 日本では、新しい薬として国の承認を得るための臨床研究を「治験」と規定。国際基準に従って公正に実施することや、研究内容を国へ届け出ることを薬事法で義務づけている。
 一方、治験ではない学術目的の臨床研究に対しては、基準を定めた「指針」はあるが、法による規制や罰則はない。「学問の自由」を保障する憲法の理念を尊重した制度とされるが「恐らく学術目的の全ての臨床研究に法規制がないのは日本だけ」(厚労省研究開発振興課)なのが実情だ。
 今回、府立医大で問題となったのは、約3千人の患者を対象にした大規模な臨床研究だった。
 松原弘明元教授が中心となって実施し、ディオバンが高血圧だけでなく、脳疾患や心臓病にどんな効果があるかを調べた。
 約3千人の患者を2つのグループに分け、一方にはディオバン、もう一方には別の高血圧治療薬を投与し、経過を観察した。


この臨床研究では平成24年9月までに計7本の論文が発表された。これらの論文では、2つのグループで血圧の下がり方に大きな違いはないが、ディオバンを投与したグループでは、心臓病などのリスクが半減すると結論づけていた。
 しかし、この調査結果については、発表直後から、「(データが)あり得ないくらい一致している」といった指摘が英医学誌に発表され、さらに「血圧の下がり方が他の薬と変わらないのに、リスクだけ下がるという結果は不自然」との疑問の声があがった。
 こうした疑問に、松原元教授らは「アジア人、特に日本人では血圧の低下にかかわらず効果が高い」と反論していた。
 その後、このうち6本の論文について、国内外の学術誌が「データに問題がある」などの理由で掲載を撤回。結局、内容について再検証していた府立医大も7月11日の会見で、「この臨床研究による論文の結論は支持することができない」との結論を発表した。
食い違うデータ
 府立医大の再検証は、臨床研究が対象とした約3千件の症例のうち、府立医大病院にカルテが残っていた約220件について、論文のもとになったデータと比較した。
 すると、カルテに記載のない病気が論文データに存在したり、カルテに記載された病気が論文データにはなかったりといった不一致が、計34件あった。
 こうしたデータの操作により、ディオバンを使ったグループで心臓病などの発生数が少なくなり、もう一方のグループでは発生数が多くなっていた。
 府立医大病院以外の病院の症例でも、医師がコンピューターに入力したデータと論文データに違いがあり、同様に不正な操作があったとみられる。正しいデータを使うと、ディオバンを投与したグループで心臓病などのリスクが減るという結果は確認できなかった。



謝罪はしたものの…
 一連の問題を受け、府立医大の吉川敏一学長は、検証結果を発表した7月11日の記者会見で初めて謝罪した。それでも、疑惑の全容が明らかになったとは到底言えない状況だ。
 府立医大は、人為的にデータが操作されたことを認め、松原元教授を含む複数の関係者が、「データ操作に関わることができた」と指摘。しかし、「誰がデータを操作したのか、意図的な操作だったのかは分からない」と繰り返した。
 松原元教授は「一身上の都合」として2月に退職。府立医大の調査に対してデータ操作への関与を否定した。ノ社の元社員は、すでにノ社を退職していることなどから事情を聴くことができなかったという。それでも、府立医大は、「これ以上調べても新しい事実は分からないと判断した。大学としては限界がある」などと主張した。
 一方、松原元教授の代理人弁護士は「本人はデータ操作に関与していないと一貫して主張している。府立医大が発表した内容に驚いている」とコメントした。
 その後、いったん元社員は府立医大の事情聴取に応じる意向を示したが、直前になって体調不良を理由に面会を断ったという。

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