2013年4月30日火曜日

日刊薬業:もたれ合いの構造―ディオバン論文と企業(下) 迫られる「世界への説明」

http://nk.jiho.jp/servlet/nk/kigyo/article/1226573699907.html

もたれ合いの構造―ディオバン論文と企業(下)  迫られる「世界への説明」
( 2013年6月13日 )

 「This finding seems strange to me(私にはこの結果が奇妙に映る)」─。ARB「ディオバン」(一般名=バルサルタン)の国内大規模臨床研究に対する疑義が表面化したきっかけは、昨年4月に世界で最も権威のある医学誌の一つとされる英「ランセット」で掲載された1本の短い論文(コレスポンデンス)だった。

 投稿したのは京都大医学部付属病院の由井芳樹氏。同氏は、2007年にランセットで掲載された東京慈恵会医科大の「JIKEI Heart Study」に対する統計学的な懸念を表明し、ディオバン投与群とARB以外の降圧剤投与群との間で、血圧の平均値と標準偏差の多くが一致していることを「奇妙」と指摘した。

 由井氏からの同様の疑問は、京都府立医科大の「KYOTO Heart Study」と千葉大の「VART」にも投げ掛けられた。

 この「由井論文」がランセット誌上で発表されてから10カ月後の今年2月、欧州心臓病学会(ESC)の医学誌「ヨーロピアン・ハート・ジャーナル」(EHJ)が09年掲載のKYOTO論文を撤回した。EHJは当時、「致命的な問題が同論文で報告されたいくつかのデータに存在していた」ことを撤回理由に挙げた。

 EHJからの撤回を受け、ノバルティス ファーマはディオバンの販促でKYOTO論文の使用を即時中止した。同社は当初、KYOTO試験への資金提供や関与を否定したが、その後、訂正することになる。

 ノ社はKYOTO試験を主導した京都府立医大の循環器内科学・腎臓内科学教室に対し、09年度から12年度までの4年間に1億440万円の奨学寄付金を提供していたことが、じほうの同大に対する情報公開請求で明らかになっている。

 もっとも、奨学寄付金を提供していたのはノ社にとどまらず、国内で降圧剤などを販売する製薬企業が名を連ねる。09年度の各社などからの奨学寄付金は総計1億5615万円に上り、大学研究室にとって企業が重要なスポンサーである事実を示している。

 EHJによるKYOTO論文の撤回は、これまであまり一般市民の注目を集めることがなかった大学研究室と企業の関係が問われる大きな契機になった。

●調査結果待つ海外有力学術誌
 ESCは、じほうの取材に対し、EHJがKYOTO論文を撤回するきっかけは「匿名の人物」からの情報提供だったことを明らかにした。ESCによると、この人物は「米国の学術誌が懸念を告知する」と伝え、その中でKYOTO試験における「手法」を指摘したという。

 EHJは、この人物からの情報提供を受け、KYOTO論文の著者らに対し「手法が完全に損なわれていないこと」の確認を求めた。これに対し、著者らは「長い謝罪の手紙」を送り、同論文の撤回を要望したという。

 一方、EHJによる論文撤回に先立つ昨年12月、日本循環器学会の英字医学誌「サーキュレーション・ジャーナル」は、「データ解析に多数の深刻な誤りがある」としてKYOTO試験の関連論文を撤回している。

 日循の永井良三代表理事は今年5月の会見で、昨年10月に掲載論文に対して複数の会員から指摘があり、説明を求めた責任著者から最終的に撤回の申請があったと説明した。EHJと同様、外部からの指摘が撤回のきっかけだった。

 EHJは、著者らがKYOTO論文を撤回したことを理由に「(独自に)さらなる調査は行わない」としている。ESCは「所管当局が独自の調査を行うまでは学会として正式にコメントしない」との立場だ。

 由井論文が疑義を呈し、JIKEI論文を掲載しているランセットも日本側の調査結果を待っている。

 ランセットは、じほうの取材に対し、JIKEI試験に対する独自調査は行わず、慈恵医大の検証に任せていると説明する。さらに、同大の調査結果を踏まえた上で「さらなる措置が必要かどうかを決定する」方針で、同大責任者に対して「調査の迅速な結論を求めた」ことを明らかにした。

 ノ社の社内調査では、元社員のJIKEI試験への関与が確認された。ランセットはこの点に関しては「統計解析者の所属に関する不適切な表記があったとみられ、訂正を期待する」と自発的な対応を求めている。

●論文著者ら、一部で反論も
 「科学者であれば反証データを示した上でジャーナル(医学誌)上で反論すべきだ」─。

 京都府立医大の松原弘明教授(当時)は、09年にESCでKYOTO試験を発表した直後、日本高血圧学会総会のシンポジウムで、バイアスが入りやすいとされるPROBE法を同試験で採用したことなどをめぐって浴びせられた批判に抗議した。じほうが発行する学術情報紙「Japan Medicine」が報じている。

 KYOTO試験の統括責任者だった松原氏は今年2月、EHJによるKYOTO論文撤回後、京都府立医大のホームページ上で、試験データの入力に誤りがあったことを認めた上で「結論に何ら影響を及ぼすものではない」との声明を発表し、辞職。声明は削除された。京都府立医大によると、同論文が調査中であることが削除の理由だ。

 一方、VART試験では、同試験に関わった小室一成・東京大教授らが昨年10月、国内医学誌「日本医事新報」で反論している。これは、ランセット寄稿後の同年5月、由井氏がより詳細な論文を同誌に投稿したことを受けてのものだ。

 小室氏らは、VARTの実データを用いたシミュレーション実験などを根拠に、群間差がほとんどないことが確率的に奇妙と指摘した由井氏に対し、「VARTに関しては懸念が当たらないことを確認した」と試験結果に問題はないと主張している。

●不正行為の有無を明らかに
 ノ社が元社員の関与を認めたディオバン臨床研究は計5本。各研究を主導した京都府立医大(KYOTO)、慈恵医大(JIKEI)、千葉大(VART)、名古屋大(NAGOYA Heart Study)、滋賀医科大(SMART)の5大学は現在、データの意図的操作やねつ造がなかったのかどうか検証作業を進めている。元社員が非常勤講師として所属し、ディオバン論文で肩書を使用した大阪市立大も雇用の背景や経緯など事実関係の調査を進めるが、元社員からは「リアクションがない」という。

 学術の世界では、発表された論文(研究)に対する批判や反論は、論文を通じて行われるべきだとされている。反論がなければ、指摘を受け入れたと見なされても仕方がないだろう。各大学は不正行為の有無を明らかにし、一刻も早く世界に向けて説明する必要がある。

 それぞれの臨床研究の調査結果の公開方法について、多くの大学は「未定」としている。ディオバン論文問題に関する現時点の社内調査報告書を公開せず、一部の学術関係者らと共有するにとどめているノ社側の対応からは、大学側への配慮が透けて見えるが、もはや日本国内の一部の学術関係者と企業の問題ではない。

 日本の臨床研究への信頼を担保するには学術界と企業の双方に、世界を意識した外向けの情報発信が求められる。

(この連載は栗田賢一、藤本太郎が担当しました)

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