2013年4月30日火曜日

毎日新聞: クローズアップ2013:降圧剤の臨床試験操作疑惑 会社ぐるみ?広がる波紋

クローズアップ2013:降圧剤の臨床試験操作疑惑 会社ぐるみ?広がる波紋



毎日新聞 2013年05月25日 東京朝刊
記者会見をする高久史麿・日本医学会会長=2013年5月24日、西本勝撮影
記者会見をする高久史麿・日本医学会会長=2013年5月24日、西本勝撮影
 降圧剤「バルサルタン」(商品名ディオバン)の臨床試験に製薬会社「ノバルティスファーマ」が不透明な関与をしていた問題で、日本医学会は「産学連携は時代の流れなのに、これでは社会から信頼されなくなる」と、憤りを隠さない。医学界と製薬業界が近年神経をとがらせる「利益相反」上の問題だけでなく、「売り上げ増のために、企業が大学に働きかけて臨床試験の結果をねじ曲げたのではないか」という疑惑に発展しているからだ。関係した各大学や学会、ノ社のスイス本社が、それぞれ調査を始める異常事態だが、真相究明は可能なのか。【河内敏康、八田浩輔】

 ◇欧米有力誌も注目

 「日本の研究スキャンダルが第2の試験に広がった」。この問題は世界的な関心も呼んでいる。米有力経済誌「フォーブス」(電子版)が5月2日、東京慈恵会医大チームによる試験論文にも、ノ社の社員が名前を連ねていたことを報じた。「第1の試験」は京都府立医大での試験を指す。試験結果の信ぴょう性が疑われて昨年末に学術誌から撤回(取り消し)されたうえ、社員の関与も表面化している。
 英大手科学誌「ネイチャー」も、ブログで「京都府立医大の研究室に会社側が1億円を寄付していた」と報じた3月28日の毎日新聞を引用しながら、「大ヒット商品が撤回論文とつながっている」と紹介した。
 ノバルティス(スイス)は世界140カ国に展開。バルサルタンは約100カ国で承認されている。日本では年間1000億円以上売り上げるヒット商品となった。宣伝に利用されたのは、「脳卒中や心筋梗塞(こうそく)などの予防効果もある点で、他の降圧剤より優れている」とした両大学チームの論文だった。だが、データの信頼性が揺らいでいる。
 疑惑を招いた要因は二つある。一つは「社員が試験の統計解析の責任者だった」という、研究の公平性と透明性を担保するために欠かせない重要な情報が、論文から隠されていた点だ。
 日本医学会の高久史麿会長は24日、「許し難い行為で明らかに誤りだ。日本は国からの支援が少なく産学連携は必要だが、これで日本の臨床試験が遅れれば大変なことになる。透明性を持って連携しないと、日本にとってもマイナスだ」と強調した。
 もう一つは、試験結果の信頼性そのものだ。昨年、京都大病院の由井芳樹医師が「京都や慈恵の論文は、統計的に考えにくい結果となっている」とする論文を発表した。実際に、日本循環器学会誌と欧州心臓病学会誌が「データに重大な問題がある」として京都の論文を撤回した。
NPO「臨床研究適正評価教育機構」の桑島巌理事長は「販売目的で会社がデータを不正に操作したと疑われても仕方がない側面がある。不正がはっきりすれば、会社が医療費をだまし取ったという構図になり、大問題だ」と指摘する。
 現場の医師たちの関心も高い。東京都内の男性医師(50)は「臨床試験は、どの薬を処方すべきかという判断材料になる大切な情報。その論文に科学的な問題や恣意(しい)的なデータ操作があれば許せない」と話す。

 ◇真相究明、遠く 任意調査、カネは追わず

 ノバルティスファーマは24日、「極めて重大な問題と認識している。さらに調査を進め、必要かつ適切な措置を講じる」とコメントした。だが、大学側への聞き取りや試験データの精査を行う予定はなく、真相究明にはほど遠い。試験をした5大学や関係学会も独自に調査しているが、試験に関係していない研究者らが本業の合間を縫って行う任意調査だ。しかも中心は論文のデータ検証で、カネの流れまでは追わない。
 ノ社からは各大学に奨学寄付金が支払われているが、寄付を所管する文部科学省の産業連携・地域支援課は「利益相反のルールは各大学で整理すること。個別の事例を調査する予定はない」と、関心は薄い。
 一方、医薬品行政を担う田村憲久厚生労働相は24日の閣議後会見で「(ノ社に)強く指導せざるを得ない」と述べた。発言を受けて動き出した厚労省経済課は「製薬業界の信頼を揺るがす事態。ノ社から事情を聴き、再発防止と調査の徹底を求めることになる」と言う。だが、問題が多岐にわたるうえ、「現在のところ、国が承認した(血圧を下げる)薬の効能・効果には影響がない」(審査管理課)ため、現状では抵触する法律がない。
 各大学で試験を実施した責任研究者らは、現場の医師に向けて、この薬には血圧を下げる以外にもさまざまな効果があると説き、売り上げに貢献してきた。だが、一連の問題を受け、ノ社はこうした論文を宣伝に使うことをやめた。過去の宣伝活動に問題はなかったのか。
 医薬品広告の不正表示を監視する同省の監視指導・麻薬対策課は「警察ではないので、立ち入りして実態を把握することもできない」。
 医療ガバナンスが専門の上(かみ)昌広・東京大医科学研究所特任教授は「真相究明には、臨床研究が始まった経緯や金銭の流れの解明も欠かせないはずだ。それぞれの当事者が説明しても疑惑が解消されなければ、強制捜査権を持つ司法の力も必要になるだろう」と話す。
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 ◇降圧剤バルサルタンの臨床試験を巡る動き

00年11月   ノバルティスファーマが日本での販売を開始
02年〜     東京慈恵会医大チームが試験を開始
         京都府立医大、滋賀医大、千葉大、名古屋大の各チームも順次試験を始める
07〜12年   慈恵を皮切りに5大学が論文を公表。バルサルタンのPRに利用される
12年4月〜   英医学誌ランセットなどに名大を除く4大学の論文の結果を疑問視する意見が掲載される
13年2月 1日 欧州心臓病学会誌が京都の主論文を「重大な問題がある」として撤回
     12日 ノ社が社長会見で京都チームについて「会社としての関与はない」と見解
     28日 京都チームの責任教授が辞職
   3月28日 本紙が「京都チーム試験に社員が関与」と報道
   5月 2日 本紙が「全ての試験で社員関与」と報道
     22日 ノ社が社内調査を経て「不適切だった」と一転謝罪





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